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札幌地方裁判所室蘭支部 昭和34年(ワ)51号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の申立)

原告は、「被告は原告に対し、別紙目録第一記載の建物を収去して同目録第二記載の土地を明渡し、昭和三三年八月一日より右明渡済に至るまで一ケ月金一、二〇〇円の割合による損害金を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被告は主文第一項同旨の判決を求めた。

(当事者の主張)

一、原告の主張

(一)  原告は、別紙目録第二記載の土地を昭和一五年中にその前主から買取つてこれを所有しているが、右の買取当時右土地上には、既に別紙目録第一記載の建物が存在し、被告は同年七月中にこれを買受けその所有者となつたので、原告は被告に対し右建物の敷地たる本件土地を賃貸してきた。

(二)  被告所有の前記本件建物は、昭和一四年六月中に訴外地徳治六によつて建築され、しかも古材を使用していたので、昭和三三年七月頃には、柱の下部、土台、屋根、壁等の老朽甚だしく、建物の存立自体が危うくなり、二階は住居の人々の歩行にさえも動揺して到壊のおそれがあつたため、建物の外部から支柱をもつてその倒壊を防禦していた程で、通常必要な修繕を重ねても、その自然の推移により遠からず、朽廃すべき運命にあつた。

(三)  しかるに被告は、昭和三三年七月中に、原告の制止もきかず、右建物の朽廃した土台をとりかえ、堅固な布コンクリート土台とし、柱の腐朽したものを新しく取替え、壁を塗り替え、屋根を新規にし、外壁をコンクリートとなす等の大改築をなして全く新築同様の建物に変更したが、被告の右大改修がなされなかつたとすれば、改築前の建物は、昭和三六年七月末頃には法律上にいうところの朽廃の状態にあるべかりしものであつた。

(四)  それ故に、借地権の期間がたとえ二〇年毎に更新され、その残存期間があつたとしても、原、被告間の本件土地の賃貸借契約は、昭和三六年七月末をもつて消滅したものである。よつて被告に対し本件土地上の前記建物を収去して右土地を明渡すことを求める。

(五)  仮に右の主張が理由ないとしても、原告は昭和三二年一二月以来、再三にわたつて口頭もしくは書面をもつて旧建物の朽廃による借地権の消滅を申し入れ、大修理乃至大改造を厳しく禁じたのにもかかわらず、被告は原告の意思を無視して前記のようにその改造をなし、借地期限を超えてこれが使用権を存続させようとしたことは、土地賃貸借関係の当事者間においては信義則に違反する行為であるから、原告は昭和三三年七月一〇日附内容証明郵便をもつて、被告の右背信行為を理由とする契約解除の意思表示をなし、右書面は、同年七月中に被告に到達した。よつて被告に対し前同趣旨の請求をなす。

(六)  なお原告は、被告に対し昭和三三年八月一日以降右建物を収去して土地を明渡すまで毎月一、二〇〇円の割合による損害金の支払を求める。

二、被告の主張

(一)  原告主張の事実中、原告の本件土地所有権取得の点、被告の本件建物所有権取得の点、及び原告が被告に対し右建物敷地たる本件土地を賃貸しているとの点はこれを認めるがその余の事実は否認する。

(二)  建物の朽廃により借地権が消滅したか否かを判断するには、右建物に修繕をなした時期を基準とするものであるところ、本件においては被告が、その所有建物に修繕を加えはじめた昭和三三年四月下旬頃には同建物は朽廃の状態にはなかつたものである。そしてこのことは原告が昭和三二年一二月二四日に被告に対し、同年一一月にさかのぼつて一ケ月の賃料を従前の二倍である金一、〇〇〇円に増額するよう申し入れ、被告がこれを承諾したことからしても明らかである。

(三)  本件借地契約においては、被告が借地上の建物を改築したり又は大修繕をしたりすることを禁止する旨の約定は存在していなかつたから、被告がそれらの行為をなしたとしても信義則違反とはならないし、被告は原告からその主張するような改築乃至は修繕を禁止する旨の意思表示をなされたこともない。

(証拠関係)(省略)

理由

原告主張の事実中、原告が別紙目録第二記載の土地を所有し、被告が同目録第一記載の建物を所有していること、被告が原告から右土地を右建物所有の目的で賃借していることは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第四号証に、証人菅原藤吉、同山下金造、同佐藤甚一郎、同大友正志、同佐藤要太郎、同地徳治六、鑑定証人狩野幸雄の各証言と、被告本人尋問の結果を綜合すると、本件建物は、昭和一四年に古材を用いてアパートとして建築されたものであるが、昭和二九年には、台風によつて相当の被害を受け、屋根を約三分の二修理してその建物たることを維持し得たものの、昭和三三年六月頃の右アパートのその周囲の土地が地盛りされた上、家屋が新築又は改築されたためにアパートのみが他よりひくくなつて、いわゆるくぼ地にたてられたような状態となり、床下に水がたまり、便所の汚水が床下に流れ、極めて不衛生であり、柱の下の部分は床板すれすれのところまで浸水し、水につかつていた柱の部分は殆ど腐触し、屋根も可成りいたみ、壁は下身板が腐り、南西側の非常階段は腐朽破損して使用不能の状態のまま放置され、玄関の土台石も腐触して戸の開閉が出来ず、建物を支える柱の下部の腐触により、建物が北東及び北西側に傾き倒壊防止の支え棒がなされていて所轄消防署から建物の改修方を要求されていたので、被告は当時右アパートに入居していた一三世帯の居住者に対し、修理がすめば再入居させる約束で一応右の居住者を立退かせ、昭和三三年六月初旬頃から右アパートの修理にかかつたのであるが、その修理内容は、くぼんで水のたまつている土地部分に、砂を埋め、布コンクリートであつた基礎にブロツクを績みあげ、セメントでかためて基礎を約二尺あげ、その上に家屋の土台を据付け、支柱については、既に腐触していた部分を切りとつてつぎたし補修し、増築部分には新しい柱を入れ、内壁の破損した部分は新しいベニヤ板を補い、外壁部分をラス・モルタル塗りとした内容であることが認められ、この一連の事実の総合認定に反する右証人の各供述部分及び証人阿倍智の証言は信用しない。そうすると被告が右アパートの補修をなした昭和三三年六月当時には、同アパートは可成りの程度いたんでいて、右のような補修が必須の問題であつたことは容易に結論し得るところである。そして証人山下金造、同大友正志、鑑定証人工藤剛一、同狩野幸雄の各証言と、鑑定人狩野幸雄の鑑定の結果によれば、本件アパートはその補修の当時相当程度老朽していて残存の耐用年数は僅かであつたということを否定することはできないが、しかしそのままの状態で放置しても爾後約三年間の使用に耐え得る状態にあつたと認めることができるので、当時右アパートはいまだ建物としての社会的、経済的効用を失つたということはいえず、法律上朽廃の域に達していなかつたものというべきである。

原告は、右の建物に加えられた被告の補修がなければ右のアパートはおそくとも昭和三六年七月末をもつて朽廃すべかりしものであり、右の時期に本件土地賃貸借契約は消滅したと主張するのでこの点について考える。

借地法第二条第一項但書にいう建物の朽廃したるときの意義については、(一)地上建物が既に建物としての効用を全うすることができないような状態にまで腐朽頽廃した場合は勿論のこと、現時に右のような状態ではなくても、もし当該の建物が普通の修繕を加えても尚自然の推移によつて腐朽頽廃し、その効用を失却したであろうと考えられる場合を含むという立場と、(二)現実に当該建物がその建物としての効用を全うし得ない程度に腐朽頽廃した場合のみをいうとする立場とがあるが、当裁判所は後の立場に従う。この立場に従えば、該建物が現実にその形体効用を保持し得てこれを失わない間に、これに修繕を加えて朽廃の現状にない以上、その加えた修繕の程度の大小如何を問うことなく――但し建物の同一性は維持される必要がある。――土地の賃借権は消滅しないものといわなければならない。蓋し借地法は、強者とされている土地所有者に対し、弱者である借地権者の建物所有権を保護するという目的をもつと同時に建物が個人の私的財産であるということを超えて社会経済的に居住者の生活の基礎をなす重要な財産である点に着眼し、社会公共の立場から、建物自体の存続に保護を与える目的を有し、そのために土地所有者の受ける不利益は、社会公共の福祉による所有権の制限であることに帰するのであつて、借地法においては、借地人の利益保護の趣旨において、借地人のためにのみ片面的強行性が与えられていることをも併せ考慮すれば、借地賃貸借契約の終了原因たる朽廃の意味は、厳格に解すべきであると同時に、朽廃前における家屋の修繕の程度はむしろこれを緩和的に解すべきであり、建物に加えた普通の修繕はもとより、大修繕であつても建物の同一性を喪わしめないものである以上、これを施すことによつて建物の「朽廃」たることを免れ得ると解するのが借地法の趣旨に合致するものと考えられるからである。

もつとも右のような見解に対しては、借地権者が建物に大修繕を施すことを連続すれば、建物朽廃の時期は、永久にこないことになるという批判が生ずることは容易に考えられるのであるが、一旦建築されて土地に定着せしめられた建物は、たとい大修繕を加えてでも、その利用を全うすることが社会経済的の利益であつて、その反面からいえば、一度建物の敷地として提供された土地の所有権はその制約を甘受することを余ぎなくされるとされてもやむを得ないところである。

そこで右の理を本件についてあてはめてみるに、鑑定人工藤剛一、同山口政一の各鑑定の結果と、成立に争いのない甲第二号証の表題部の記載によれば、本件建物は、被告の前記の改修の前後を通じて同一性を有するものと認めることができるので、先に認定した被告の改修が、如何なる程度、規模のものであつたかについての吟味を経る迄もなく、現に本件アパートが腐朽頽廃の状態に達していない以上建物の朽廃による借地権の消滅を原因とする原告の請求は理由がないことに帰着する。

次に原告の予備的主張についてみるに、賃借地上の建物所有者による当該建物の修繕乃至改造は、本来自由にこれを行うことが出来るのであつて、土地賃貸人の意思による制約を受けるものでなく、単に借地法に定める一定の事由がある場合に土地賃貸人は異議を申立てることができるにすぎないし、また前記のように、建物所有者の修繕乃至改築は、その程度の如何を問わずこれを行うことによつて朽廃を免れ得るとする以上、土地賃貸人において一方的に建物の朽廃前に、朽廃の状態に達することを希う結果、建物の修理、改築を禁じたとしても、建物所有者としては何ら土地賃貸人の右の意思に拘束されるものではない。従つて本件において被告が、原告の改修禁止の意思に反して前記の改修を施したものとしても、そのことは、土地賃貸借関係において信義にもとる行為ということはできない。それ故原告の契約解除の主張は失当であつてこれを原因とする予備的主張もまた理由がない。

次に原告は被告に対し、賃料相当の損害金を請求しているが、右に認定判示したように、原、被告間の本件土地賃貸借関係が終了したことを認むる資料がない以上右の損害金の請求はその理由のないこと明白である。

しからば原告の本訴請求は失当であることとなるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(別紙)

目録第一

室蘭市字輪西町百八番地

家屋番号 同町第八五番

一、木造亜鉛鍍金鋼板葺弐階建アパート

建坪 参拾五坪

弐階 参拾五坪

目録第二

室蘭市字輪西町百八番地の一

一、宅地 弐百拾坪七勺

の内 六拾坪

但し目録第一の建物所在敷地の部分

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